独自の太陽光です
天然樹脂からつくった合成木質や、木の繊維から作った人工象牙などよりもずっと安く、低持ちした。
石油化学を中心とする合成樹脂時代の幕開けである。
ラジオの人気が高まると、ベークライトはその産休に用いられ、またT型フォードの配電器のキャップから腕輪、ビリャードの球まで、さまざまな用途に用いられるようになった。
だが第二次大戦がはじまると、ベークライトとその近縁製品は、現代的なプラスチック製品にとってかわられていった。
プラスチックには柔軟剤フタラートを混ぜることによって、ベークライトにはできない芸当ができた。
上がるのである。
この性質のおかげで、ビニールは点滴袋から子供の入浴用のあひるのおもちゃに至るまでのさまざまな用途に用いられるようになった。
フタラート情報センターのサイト(ビニール財団などの業界の支援を受けているサイトへのリンク付き)では、この化学物質を含むさまざまな製品についての記述がある。
「医療用品、玩具、自動車、家庭用品まで、柔軟なビニール製品は私たちの生活を便利に、安全にしています。
病院でも緊急治療室でも命を救う役に立っています。
ビニール製品は家の内装材になり、お手入れも簡単で、断熱性を高め、住まいの耐久性も伸ばします。
柔軟なビニールは非常に使い勝手がよく、費用効果が、代替物のないものです。
消費者のお財布にもやさしいのです。
フタラートの安全性については、サイトでは次のように記されている。
「五○年以上もの間、フタラートは香水やネイル・ポリッシュに使われてきました。
フタラートの中には香水の香りが長持ちするようにするものもありますし、ネイル・ポリッシュ(や道具の取っ手や屋外宥板)に使われる種類のものは、ひび割れや破損を防ぎます。
欧米の製品安全評価では、フタラートの玩具やネイル・ポリッシュ向けの使用を認めています。
さまざまな評価で、フタラートは「使用は安全」、「特に心配なし」、「健康リスクは報告されていない」などの評価を得ています。
一般向けのフタラート使用を安全ではないとした政府もありません」なるほど、この記述自体はすべて真実だ。
だがフタラートとは、議論の的になっているさまざまな化合物の総称である。
公衆衛生の活動家や環境医薬品の専門家は、フタラートの中に、自閉症、生殖機能不全、がんに至るまでの疾病を引き起こすことが「懸念されている」化合物があると警告している。
工業的化学物質をめぐる心配が持ち上がるたびに、非難、弁解、反論がひとしきり続く。
時おり何か健康上の懸念が報じられて問題が表面化しては、業界が躍起になって打ち消し沈静化を図る繰り返しだ。
こうした議論は私たちの深層心理に染みついていく。
環境衛生の専門家と化学業界の、王張の大きな隔たりが縮まり、コンセンサスを得られたためしはない。
だが認識のギャップはこれにとどまらない。
業界と消費者とでは、毒性に対する考え方が違うのである。
小さな淡色おもちゃおそらく鉛を含んでいる孫にやるのをあきらめた一週間かそこら後、倒産の木製の玩具が売られていた。
すらりとした流線形の自動車だ。
包装の箱も再生紙で、そこにはこの玩具がバーモントで持続可能な林業による木材でつくられていること、塗料も無毒であることが記されていた。
私はその玩具を買い、孫に与えた。
そのおもちゃは冒頭で紹介した中国製のおもちゃの数倍の価格だった。
価格は気にしないのかって?少しは気になった。
どのみち、孫はどちらの自動車でも同じように楽しんだだろう。
だが、孫たちが住む地域では地域の寄付ボックスを通じて不要になったものをみんなで使いまわしている。
だから、孫が遊び飽きても、おもちゃはずっと使いまわされていく。
それだけに製品の安全はいっそう大切だ。
私が買ったおもちゃの流線形は未来的で魅力たっぷり。
中国製のおもちゃよりも、サイズもずっと大きい。
だが私が高い金額を支払った何よりの理由は、孫の健康を気遣ってのことだ。
私の購買判断は、環境衛生上の思潮の変化、化学物質が人体に与える影騨についての専門家の懸念に沿うものだ。
これまでに体内に蓄積してしまった毒物をすっかり排出することはできない。
だが、これ以上、毒物をため込まないことはできる。
そのための賢明な方法は、危険が疑われるものをできるだけ避けることである。
仮にこうした化学物質が安全と証明されたとしても(すべての関係者の衆目が一致する安全の証明は決してできないものだが)、念のためにそんなものを含む製品はできるだけ買わないことだ。
安全策をとるにしくはない。
私たちはすでにさまざまな毒物を体内に蓄積して疾病のリスクを高めてしまっているのだから、これ以上そんな危険は少しでも避けた方が無難である。
米国の毒物学者が化学物質の毒性検査をする際には、それ自体の毒性を調べる。
培養細胞や実験動物に損傷をふえるかどうかを見るわけである。
だが、そうして有害物賃とわかったものでも、製品に含まれている時に人体に有害とは限らないと考える。
そうした科学的なコンセンサスが得られるまでには、さらに検証を必要とするのである。
対照的に、ヨーロッパでは危険が疑われた物鷲は、決定的な科学的コンセンサスがなくても予防的に禁止される。
EUでは、米国をはじめ世界中で一般的に使われている物質でも、使用禁止にしている(欧州各国は公共の場での喫煙禁止に近いが)。
だから、買い物をするには、欧州のリーチ基準適合製品を買った方が無難である。
もっともどの製鮎が、そうかがわかれば、の話だが。
確かに米国政府もさまざまな規制を作って有赤な原材料の被害を防ごうとしている。
だがこうした基準は、いくらか生体への危険を考慮しただけの窓意的なものかもしれない。
たとえば米国政府の基準では、鉛の含有量は六○○ppmまでは認知能力に影響をきたさずに安全とされている。
だが複数の研究で、子供の血中の鉛濃度と知能指数は反比例していることがわかっている。
認知能力の低下は、米国政府が資意的に決めた限界量を超えたらだしぬけに起きるものではない。
そのため米倒小児医学跨十会では、限界値は現行基準よりもはるかに低い程度にすべきだと勧侍している。
コーネル大学の行動弥物学の教授リチャード・キャンフィールドが言うように、子供の脳について「ここまでなら鉛も無毒という基準を示す証拠は誰も持っていない」のである。
環境衛生の専門家と産業毒物学者との間でも、毒性の判断をめぐって意見の一致をみない。
議論は甲論乙駁で、特に、ためにする議論ではないかだとか、仮説の前提がおかしいのではといった点をめぐってはますます話がまとまらない。
いずれにせよ、真実を決する最終的なお白州の場はないのである。
消費者製品を作る某多国籍企業に勤める毒物学者は、製品が含む毒物について、野生のトラと動物園のトラにたとえる。
トラはもともと猛獣だが、椎に閉じ込めれば安全だ。
消費者製品に含まれる化学物質もこれと同じだと彼は言う。
だがこのたとえにも限界がある。
二○○七年のクリスマスの前H、サンフランシスコ動物園でトラが柵を越えて見物客の一人を殺し、二人を負傷させた。
動物園はいかにも安全そうだが、検証の結果は基準よりも三フィート(約一メートル)、低かった。
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